今日も前置き長いんでよろしく!(開き直り)
先に書いておいたからね(何)
livedoor Blogでリンクなしトラックバックスパムをはじく仕様が発表されてからと言うもの、トラックバックと言うものに対して、そりゃまあたくさんの場所でいろんな論が展開されていて、傍で見ている分にはとても面白い状況になってきている。
自分もブログやってるくせに外野風味丸出しですが(爆笑)
その中でも特に「これは分かりやすい」と取り上げられる回数の多いのが絵文録ことのはさんのトラックバックをめぐる4つの文化圏の文化衝突――「言及なしトラックバック」はなぜ問題になるのか及びその続きリンクなしトラックバックが「アクセスを奪う」という表現についての補記というエントリ。
確かにこのエントリは分かりやすい。
これによってブロガーの多くはトラックバックに対していろんなことを考える機会を得ることができたのだろうと思う。同調にしろ反発にしろ、これによって自分のスタンスを確立できたのならそれに越したことはないだろう。
裏を返せばこれって、何かしらきっかけがないと自分自身の考えすらまとめられない人間が増えていると言うことだと思うんだけどね……(毒含)
で、ここに送られたトラバからいくつかのブログをめぐってみて、いろんな思惑があってみんなトラックバックとゆーものを自分なりに活用したがっているんだなぁ、ということを思ったのだった。
つまりトラックバックが大事だと思ってるわけでしょ、トラックバック論争に参加している人たちは。だって絵文録ことのはの松永さんいわく「トラックバック論争」=「文化の衝突」なんだから、文化に捕らわれている(あえて捕らわれていると表現してみましょう)人たちにとってはそれは一大事だよね、確かに。
で、茅須はそのあたりが面白いと感じたわけですよ。展開されたトラックバックに対する文化間の相違を如実に表した各種論ではなく。
茅須ですか?
ブログって、道具でしょ?
道具は便利に使えればいいです。それ以上いうことはありません。
意味は各自で考えてください(不親切)
まー茅須がこの論争において思ったのは「みんな道具に振り回されてるなー」のひとことだけだったことを追記しておきましょう。
あ、一つだけ言っておきたいのはくだんの松永さんや、あと、たとえばむだづかいにっき♂のえっけんさんなど、この問題が勃発する前からトラックバックについていろいろ考察している人たちはまた別だってこと(もちろん他にもそういう人はいますよ)。
松永さんは当該エントリにて自ブログ内の関連過去エントリへのリンクを張られてるし、えっけんさんはトラックバックの話というカテゴリを作ってそこで何度となくトラックバックについて深く考えている。そーゆー人たちは道具に振り回されているのではなく、いかに道具を便利に使うか、更に便利にするためにはどうすればいいか、それを模索している方の人たちだと言うこと(更に面白いのは、本気で道具(ブログ)を便利に使おうとしているブロガーには「言及リンク文化圏」の人間が多いと言う事実……笑。あ、ちなみに「便利」と「楽」あるいは「手抜き」は違うからね)。
茅須が「道具に振り回されてるなー」と感じたのは、あくまでもこの度の祭りに参加している(毒)これまでトラックバックがナンなのか考えたこともない、そういう人たちのことなのでした。
でもブログというツール自体が本当に普及し始めてまだ間もないわけだし、何かが始まるときって絶対に衝突と言うか摩擦が生じるものなので、道具を本当に便利に使うためにはこのような祭りをきっかけに自分なりのスタンスを確立することが一番大事なんじゃないかと思うわけです。
こういういろいろ考えさせられる形の祭りが起こること自体は実は歓迎すべきことなんだけど、本当に大事なのはこの祭りを祭りのまま終わらせるか、そうじゃないのか、その一点に尽きる。
茅須とてブログ始めた頃はスパムまがいのトラックバックを送ってしまったことが幾度かあります(苦笑……すいません^^;)でもそうやって失敗して、何度か頭ぶつけて叩かれてみないことには道具を上手く使いこなすことなんてできないわけですよ、正直。
失敗は叩かれる。ウェブ上では。間違いなく叩かれる。
松永さん言うところの「言及リンク文化圏」の人たちに「関連仲間文化圏」の人たちがほいほいと言及もせずにトラックバックを送ればそれは叩かれる。
でもそれってウェブに限ったこと?
叩かれてみないと分からないことは確かにあるんだよ。
それを「いい勉強になった」と次回からの肥やしとするか、「なんだよ、おんなじ話題なんだからトラックバックしても良いじゃないか」と反発で終わるか。それで叩かれた後の真価が問われると思うのだな。
別にネットに限らないんだけど。
つまりは「相手をよく見ろ」と。このひとことで済むんじゃないの?
自分のスタンスを確立する。そのスタンスを同じくする人たちには自分なりのスタンスで接する。そうでない人たちにはそうでない人たちの意見を尊重しつつ接する。それって社会人としての節度だと思うんだけどどうだろう。
なので「関連仲間文化圏」の人たちがトラックバックを言及リンクなしに送りあうのはそれぞれの勝手でかまわないと思うんだけど、相手がそういう人たちかどうか、それは相手のブログをきちんと見て雰囲気を読め、と。それは言っておきたい。相手のブログを読みもせずに送るのはブログがどーとかトラックバックがどーとか以前に人としてどーよ、と思うので。
そして関連仲間文化圏に属する人たちには実際のところ、上記で定義した「人としてどーよ」って人のほうが多いことは確かだとだけ、明記しておきましょう。
道具は人によって使い方の違うもの。
ペンチを釘抜きに使ったからって、その人がそう使いたいならそれはそれでいいと思うんだけど。茅須はペンチはペンチとして使いたいので釘抜きとして使っている人からトラックバックがくればさくっと削除するだけです(爆笑)
削除したことをとやかく言われる筋合いはない。なんたって個人ブログなんだから。
……と、前から自分の意見ははっきりしているので、この度の「祭り」が殊更おもしろく感じたのかもしれない。
ううう、前置き長くなるってちゃんと書いておいたけど、さすがにこれは長すぎだなー。
本編(そうなのか?!)エントリは次にあげることにします( ̄ー ̄; ヒヤリ
まーこの度の「祭り」を眺めていて、それぞれの思惑がとても面白く感じたので、キーワードに「それぞれの思惑」を使おうと思った、その理由を書こうとしたらこんだけ長くなっちゃったってことです(自爆)
以下、続く>>>それぞれの思惑(本題)
追記:::このエントリをアップした後、誤解を生じた部分があったので、追記:それぞれの思惑(前置き)というエントリにて、さらに詳細に自分のスタンスを表明してみました。
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