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2006年
02月14日
(火曜日)

我が意を得たり

※この記事の読了時間は:約 6分4秒です。

こーゆー小難しい言葉を使いたがるあたりがインテリを気取ってるみたいでイヤぁねぇ、茅須さんったら!(*/∇\*)キャ(自爆)

などと自虐的に始めてみますが(苦笑)自分の思ってたことと同じような意見に出会うと妙に嬉しくなりませんか?

特に自分でもそう思っていたけど、それをうまく言葉にすることができず、なんとなくもやもやとしているときに、それを一言でずばっと言い表したテキストに出会うと思わず膝を叩いて「我が意を得たり!」という気分になってしまうというか。

そんなわけで同じような体験をした人を探すべく、本日のキーワードに「我が意を得たり」を据えてみることにしました。

路傍の花: 我が意を得たり 路傍の花: 我が意を得たり

ブログ管理者わくわくふわくさんの「我が意を得たり!」はくだんの語句説明かもしれませんが、茅須もこのエントリを読んでいて

私があこがれていたのは波平さんの生活。休日に近所を散歩する。途中には喫茶店もあって、たまにはカツオやワカメも連れて行くというような。だけど散歩は基本的に大人の楽しみ。喫茶店のコーヒーは、散歩に付随する、ささやかな贅沢です。

の部分に「我が意を得たり!」と思わず嬉しくなってしまいましたよ(喜)

まさに散歩は大人の楽しみです。

というか、大人になるまで散歩の楽しみが分かりませんでした。なんだろう、周囲をゆっくり見回す、いろんな音に身をゆだねる、ただ光を感じる、そういう心の余裕って、大人にならないと分からないものなのかもしれないなーと思ってみたり。

散歩の途中でふっと寄り道するのもまた、ココロに余裕を持った大人の楽しみなんじゃないかなーと。それにそういう風に立ち寄れる場所を持つ、確保しておく、というのも大人の嗜み、みたいな?(笑)

散歩の楽しさを共有できる文章に出会えてなんとなく嬉しかったのでした♪

社中の心:第1話 福澤諭吉先生と食文化 社中の心:第1話 福澤諭吉先生と食文化

へぇ……これ、プチトリビアですね(ちょっと違う)

日本人になじみのなかったコーヒーを本当の意味で普及させたのはかの福沢諭吉センセイなのですか。これは知りませんでした。

上島康男さんって方はきっとご存知だったから、コーヒーの歴史を辿って福沢センセイの名前があちこちに散見されることに「我が意を得たり!」という気持ちになられたんでしょうね。

こういう体験はちょっと羨ましいですねぇ。

自分の知っていることを史実として補強してもらえるとそれだけで「自分は間違えちゃいなかった!」と自信を持てることもあるじゃないですか。

とりあえずカフェイン中毒(苦笑)の茅須としては、珈琲普及に尽力してくださった福沢諭吉センセイに心から感謝したいですね(笑)そーゆーわけでめっちゃくちゃ感謝してますんで、どうかもっとたくさんの諭吉センセイが私の元にやってきてくれますように(-人-)祈

…………ってそれは違う諭吉センセイですか、そうですか…..(;__)/| ずぅぅぅぅん(自爆)

18.2.1の日経から ニッポンの企業家 本田宗一郎|白秋期(人生の第三充実期)を楽しむ。(56歳の暮らし) 18.2.1の日経から ニッポンの企業家 本田宗一郎|白秋期(人生の第三充実期)を楽しむ。(56歳の暮らし)

こちらのブログ管理者・一期白秋さんに比べれば、まだまだぜんぜん若輩者の茅須ですが、確かに本田宗一郎さんのこの言葉に「我が意を得たり」という気持ちになるのは分かります。

傷ついた経験のある人間だけが他人にやさしくすることができる、という言葉にも少し通じますね。真の優しさって単に相手に同情するだけじゃないし……。深いです。

この言葉を知ることができてよかったです。

紹介してくださってありがとうございます<(_ _)>

2005-11-14 – at most countableの塊 2005-11-14 - at most countableの塊

デジタルARENAのブログで自滅する人々(第4回)~「祭って」いるのは誰なのかには茅須もちょっと引っかかってたんだけど、それを自分なりにうまくまとめられなかったのでスルーしてました。

が、こちらのエントリと、それから紹介されている関連エントリを読ませていただいて、あの時感じた妙な違和感の正体がやっと判ったような気がします。確かに「我が意を得たり」です。こういうときに使うんだな、この言葉って(苦笑)

この問題は、いろんな手段でネット上にいろんな意見や思いを発信している人たちすべてにとって他人事ではない問題だと思います。なので茅須としては軽々しく発言できません。

だからこそ、一人一人がきちんと考えて自分なりに結論を出すべき問題なんだとも思います。

だからといってこういう匿名の祭りが起こることを容認したくはありませんがね。祭りをなくすことは不可能かもしれないけど、やっぱり容認はしたくありません。

うーむ、真面目語りしてしまった(負け犬 ι )

memoranda: ゆがめられた純心。 memoranda: ゆがめられた純心。

またエントリそのものに「我が意を得たり!」でしたよ。今日はピンポイントなアタリが多いなぁ(喜)

茅須が「我が意を得たり!」と思わず膝を叩いてしまった(笑)のはこの部分

ただ、大括りにモノを見るうえでは、その「個人」ではなく、一般化できる「属性」に頼るのが「便利」なことも確かです。もちろん、その利便性は「安易」と表裏一体なのですが。

だったり。

分類は便利なのでついつい頼りたくなるんだけど、確かに安易と表裏一体なので、あまり使わないように自戒していたりします。しますけど、やっぱり何かを説明しようとしたり、分かりやすく伝えたいと思うときには、つい何がしかの”ラベル”を利用してしまうんですよねぇ(^^;

文章が煩雑になるから、というのもあります。ラベルなしでは10行かかるところが、ラベリングすることで1~2行ですむ場合もありますし……難しいですねぇ ι

本題エントリ部分もいろんな意味で参考になりました。ってか、奥さんとは友達になれそうな気がします(喜)

……そんな茅須も世間様では「変わり者」で通ってたりしますんでvv


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