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2006年
04月26日
(水曜日)

オリジナリティ

※この記事の読了時間は:約 4分41秒です。

オリジナリティとはなんだろう。すでによく言われていることは「本当のオリジナルなんてすでにない、みんな何かの模倣だ」ってことなんだけど。

それでもそこかしこで「オリジナリティ」という言葉は廃れることなく使われている。そこにはきっと意味があるはずだ。その意味がなんなのか、探してみよう。

そんなわけで本日のキーワードは「オリジナリティ」です。

@nifty:デイリーポータルZ:ソースこそナンバー1の調味料だ!! ~最強調味料決定戦~ @nifty:デイリーポータルZ:ソースこそナンバー1の調味料だ!! ~最強調味料決定戦~

デイリーポータルZっていっつもヘンな企画取り上げてるよねー(^^; Excite Bit コネタもすごいけど(笑)

というわけでソースです。ウスターとかとんかつとかのあのソースです。HTMLのソースでもニュースソースでもありません(元ネタパクリ ι )

でもさしみにソースはやっぱり嫌だよぅ(>_<;) これに関しては頭をニュートラルに切り替えられそうにないわぁ(^.^;)

オリジナリティって何だ?-WEBの現場から オリジナリティって何だ?-WEBの現場から

ええ、もう、おっしゃるとおりですっ!サイト製作なんて数こなしてナンボですよ。数こなした上で他人と違うことを常に意識してないとね。いや、うちのブログデザインにオリジナリティがあるとは思っちゃいませんが(苦笑)

まぁ自分で弄れると自分好みにすることはできますね。日記ブログみたいに背景固定させてるだけで「アレはどうやって実装してるんですか?!」と驚かれたりもするし。

物まねから入って(そのまんまパクリはダメよん)とりあえず自分好みにすることから考えたらいいんじゃないですかね。好きでないと長続きしませんから。どっかで見たようなデザインだと自分では思えても、そのデザインが自分好みならあえて冒険して妙なデザインになるよりはよほどいいですよ。うん。

愛着を持てるものならそれはやっぱりその人のオリジナリティの発露ですよ、きっと。多分。

aozora blog: オリジナリティについて aozora blog: オリジナリティについて

うわー、まともに直球で胸に迫ってきた。この人の文章、すごく好きだなぁ。

最近「自分探し」って流行ってるじゃないですか。最近ってほどじゃないか。若い人の間で「本当の自分自身を見つける」みたいなニュアンスのことがよく聞かれ始めて数年経過しているわけですが、そういう人にはこのページのURLを案内してあげたいなぁと真剣に思いましたよ。

特に印象に残ったのは

オリジナリティとは、自分自身どこでいつなにをやってきたか

でした。何も奇をてらう必要はないんだなーと。養老せんせーも言ってるじゃないか、あなたの体がオリジナルって。

ところでここってabout this pageを読むと青空文庫 Aozora Bunko関連のブログなんですね。おお、執筆者多数だ。このエントリをあげたのはしださんって方なんですね。

こーゆーブログ形式もいいですね。

オリジナリティの在処 オリジナリティの在処
オリジナルなものは無意識に作られる。

つまりこういうことなんだなー。オリジナルなものをつくろう作ろうと意識しているうちはだめなんだよなぁ。いや、マジで。

なんだろう、よく「執着を手放したら逆に思いが実現した」みたいな。俗に言う精神世界とか自己啓発本とか、そういう世界の話になっちゃうけど、実際オリジナリティってのもそういうものなんだろうなぁ。

このテキスト読んで照明屋だった友人のことを思い出した。ライブステージの照明の仕事してたんだな。B’zとかSMAPとかの照明もやったことあって、楽屋でメンバーとすれ違うこともあるとかって話を聞いて、ミーハー心がうずいて冗談であたしも照明屋になろうかなーなんて言ってみたら、実際に仕事をしたらそんな気分消し飛ぶってすげー真剣な顔で睨まれたっけ。

あの時は素直に謝りました。いや、本当に心無い発言だったなぁと思って。実際彼女が手がけたステージを客席から見ていたこともあるんだけど、照明って本当に大変だなって思ったもん。ミーハー心ではとても勤まらない ι

その彼女を見てて思ったのが、他人を輝かせるための仕事にもちゃんと裏方なりのオリジナリティがこめられるんだなぁってことでした。舞台上の人間だけがオリジナルじゃない、それを支える裏方もまたオリジナルな存在なんだなーと。

このエントリの締めの言葉

突飛な感覚なんて必要ない。普通のことを、丁寧に、大事にやろう。そうすればきっと、良いことが待っている。

彼女はこれを忠実に実践してました。オリジナリティって、本当はそういうことなんだね。


Comments (Close):2

soup 06-04-27 (木) 1:49

おひさしぶりでごんす。

完全なオリジナルしか認めない世の中だったら、この社会はあっという間に崩壊しますね。この世に存在した人間が残したすべての技は「限りない模倣から生まれた再構築作業」だと思っております。

ロクに真似もできないやつに真似る対象以上のものは作れないのです。

真似をわずかでも超えた部分こそがオリジナリティなんですけど、そんなの作った本人だって「ここからが絶対自分のオリジナル」って自覚できないんじゃなかろうか?(^^;)

音楽や料理、絵や踊りなんて人類発生と同時に生まれた文化(技術)のはずだけど、アレンジの発想自体も気が遠くなるくらいの頻度で繰り返されてきたわけで、道具やそのときの指向で別物になってるように見えて実は、どこまで行ってもお釈迦様の手のひらの上のように思います。

「自分ならこうする」って思うだけで、「手のひらの中のオリジナル」は十分成り立ちますし、少なくとも私はこのあたりで満足です(^^;)<単なる自己チュー

茅須まいる 06-04-27 (木) 3:32

>soupさん
お久しぶりー!コメントありがとうございますっ♪

>ロクに真似もできないやつに真似る対象以上のものは作れないのです。
これはすごい真理だと思いました!
徹底的に真似して真似して真似した先にオリジナルなものが初めてたち現れてくるんじゃないかなーって。まさしく真似もできない人間にオリジナルを生み出すことは不可能なんですよね。

茅須もエントリの中で書いているように、オリジナルかどうかよりも自分がそれを気に入られるかどうかの方が大事だと思ってたりします。だから「手のひらの中のオリジナル」がいいというのは多分同じ感覚なんじゃないかと。

そういうわけで茅須も自己チューです(笑)

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