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2006年
11月18日
(土曜日)

~という幻想

※この記事の読了時間は:約 3分50秒です。

想像力は偉大です。想像力が人間の進歩を促してきました。

が。現実に即していない想像力は単なる妄想であり、それは往々にして挫折を強いられるものです。

というわけで、本日は「~という幻想」をキーワードに、実際には何が現実に即していないのか、その実例を探し出してみようと思います。

Open Tech Press | 「日本発のオープンソース」という幻想 Open Tech Press | 「日本発のオープンソース」という幻想

うひょ、タイトルを見るだけですでに「解釈にまちがいがある」と言うのが分かりますね。「オープンソース」という、世界中の人間が携わることで改良されていくものに対して、「日本発の」という冠がかかること自体、おかしいんですけどねー。

というわけで、これがどれくらいおかしなことなのか、ぜひ本文(ちょっと長いよ)に目を通して、確認していただけたら、と思います。

まぁこれは2003年のテキストですから、日本の官僚のみなさんにもweb2.0な現状(こう書くの、恥ずかしいもんですね ι )はすでに理解されていると信じたいのですが(爆)

それを信じることがすでに幻想なのかもしれない……( = =) トオイメ

文環研:Journal~ジャーナル~ 文環研:Journal~ジャーナル~

言葉の独り歩きって、確かにありますね。「ユビキタス」は確実にその一つに数えられると思います。

でもって「何故ユビキタスは言葉の独り歩きに終始してしまったのか」ということが、こちらの文章を読むとよく分かりますね。ここではまず「使い慣れた道具を使いたい」という人間の保守性と、セキュリティ面への不安が、ユビキタス化を阻んでいるのではないかと考察されているわけですが、自分としてはセキュリティの方が比重が大きい気がします。

Googleカレンダーの個人スケジュール垂れ流し問題(これは個人個人のセキュリティ意識の問題でしたが)も、記憶に新しいことですし、機械自体のセキュリティ度が向上しても、機械を使いこなす側のセキュリティ対応がまずい(セキュリティ意識があっても技術・あるいはセキュリティを徹底させるための行動が伴わない)なら、問題は先送りされるだけで永遠に改善されないのではないかとも思えますしね。

おおっと、短いながらも真面目に考察してみたぞっと(爆) あ、ユビキタスって何?な人はこの文章はスルーしといてください。……って文章の最後に書くのは遅いですか。そうですか(^^;

自由意志という幻想 自由意志という幻想

いや、まさしく、人間は得る情報によってコントロールされているものだし、インプットがコントロールされている以上、意思の発露としてのアウトプットもまた、コントロールの影響を受けていると言わざるを得ないでしょう。

だからこそ入力する情報を自分で取受選択するところから始めなくてはならないわけですね。自由意志が幻想であることを認めたうえで、自由意志により近づいていくようにコントロールされる幅を少しでも小さくするべき、と。

そう考えたら、少なくとも朝から晩までテレビつけっぱなしで延々と垂れ流される情報を受け入れるばかりでは、そこに自由意志が発露する可能性は極めて低くなる、と。

こちらの文章には、暗い未来を想定した締めの言葉が残されていましたが、情報を得るための手段が格段に増えている今日、それらの取受選択度もまた格段に進歩しているわけですから、そう悲観したものでもないと茅須は思っていたりします。

今日は本当に真面目に語ってるなぁ(苦笑) いやぁ、これが茅須っ手人間の本性なんですよ…………って誰、そこで爆笑してるの?!{{(>_<)}}じたばた

そーでーす、茅須もまた本性という幻想につかまってるんでーすっ♪ ……_| ̄|○


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