- 2007 年 2 月 27 日 12:12 AM
- [ひ]
内容的には同じことを言っているのに、受け入れやすいときと受け入れがたいときがありますね。表現方法が違うだけで、かように受ける印象というのは変わるものです。
そんなわけで本日は「表現の違い」をキーワードに、同じ言葉をどんな風に言い回しを変えて表現している事例があるのかを、探し出してみようと思います。
Think Tank:Dr.田中葉子の心理学研究室:永遠の愛は可能か?
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米国心理学会の機関紙で取り上げられていた恋愛に関する特集の話を引用しながら、恋愛観を心理学的な側面から取り上げているエントリでした。
乏しい経験をつらつらと思い返してみれば、長続きした相手とは、お互いに向き合っていたというよりも、お互いが同じ方向を見ていたような気がします。
そのあたりの感じ方をこのエントリで補強されたようで、読んでいてとても納得できるテキストでした。
あれですね、情熱的な恋愛が一瞬で燃え尽きてしまうのは、お互いがお互いしか見ていないからなんでしょうね。お互いで同じ方向を見る方法を一緒に探っていければ、この罠は回避できるってコトなんでしょうけど、理論と感情というのは常に不一致を起こすということで。離婚経験者の戯言でこの項目を締めることにします(自爆)
確かに西洋と東洋では神仏に対する表現方法がまったく違い、その違いが思想にも如実に現れていると思います。
日常使っている言葉に東洋思想がしみこんでいるにもかかわらず、生活スタイルは西洋風になっているがゆえに、いろんな齟齬が生じているんでしょうね。その齟齬に対して、それぞれが自覚を持っているかどうかはともかく。
言葉というものに対して敏感になってみることで、これまで意識しなかった自分のバックボーンを知ることができるのではないか、と、このエントリを読んでてふとそんなことを思いました。
あ”-、こ、これは(^^;
ここに書かれていることって、女性特有の感情表出方法ですよね。でもってファッションにもコスメにもあげく恋愛話にもとんと疎い茅須などは、女性の集団内でこういった「怖~い」話が繰り広げられるたびに、思わずびくつきながら後じさりしていたのものでした(滝汗)
羨望と嫉妬というものは表裏一体で、その表現が、なんというか、女性の場合とても怖いものになる、という事例が3点ほど紹介されているのですが、なんかねー、どれもこれも周りにいたよ!みたいな共感を呼んでしまいました(^^;
エエかっこしーじゃないけど、茅須はそのどちらにもなれなかったのよねぇ、正直。女性ホルモン足りないよ、みたいな(爆)
だからかなー、友人は皆サバサバしてるし。噂話とか井戸端会議とかに興味ないやつばっかり集まっちゃったよ。やっぱり類は友を呼ぶのかな?(笑) で、「怖~い」表現をするいわゆる普通(と本人たちは思っている)の女性群から、あいつらみんな変人だ、みたいな扱いを受ける、と(爆笑)
男性諸氏はきっと、こういう女の本音とか本性みたいな話に興味があるんじゃないかと思うんで、怖い思いをしてもいいよという人(爆)は、当該エントリで女性の裏の一面を垣間見てみてくださいませvv
背筋になんか冷たいものが走っても、当方一切関知いたしませぬ(ヲチ)
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