見えない力
ミエナイチカラ というと、大好きなB'zの歌にもあるわけですが。見えない力に後押しされて、物事がとんとん拍子に進むことってありませんか。波に乗るというか流れに乗るというか。
今日は不思議な力に導かれた事例を探し出すべく、「見えない力」をキーワードに検索してみようと思います。
そうそう、宗教と結び付けて考えてしまうから、「祈る」という言葉に胡散臭さが付きまとってしまうんだけど、本来「祈る」ことは、もっと生活に密着していたものだと思うんですよ。
ここで取り上げられているてるてる坊主や千羽鶴、あれも祈ることの一種なのに、どうも別物ととらえられている節がありますね。
「祈る」という言葉に怪しさを感じていながら、正月三が日となると神社に人が溢れかえる、そういうアンバランスさを考えると、言葉に対するイメージの塗り替えが必要なのかもなって、そんなことを思います。
気持ちは見えなくても態度に表れたり表情で分かったりするものですよね。それを「気持ちが見える」という言葉に置き換えたりするわけですが、実は気持ちそのものは見えているわけじゃない、ただ、見えないものを感じ取って、それを言葉に還元しているだけ。
見えないものを感じるって、そう考えたらけっこう身近なことなのかも知れませんね。
二番目の話題と似たようなテーマのエントリをピックアップしてしまいました。
確かに、自信というものもあろうがなかろうがそれは目に見えないものですよね。でも「あの人は自信ありげだな」とか「自信なさ気だな」とか相手に確実に伝わってしまいます。
こうしてみたら日常でもけっこう「見えない力」に左右されていることが分かりますね。
このエントリでなされている提案、「根拠のない自信を持つ」って実はけっこう難しいんだけど(ほら、いろいろ余計なことを考えちゃうのが人間ってものだし ι )、もう一つの「背筋を伸ばす」って言うのはね、頭で考えて思い込む必要とかのない、ただ伸ばそうって意識するだけでできることなので、これは即効性があるし誰にでもオススメです。
嘘のような本当の話というか、現実は小説より奇なりとでもいうか……すごいですよね。こういう体験談を読むと、やはり見えない力は働いているのかなぁと単純にそんなことを考えてしまいます。
こういう体験談を読んだ時に思うのが、不思議体験した時の人間の反応には二種類のものがあるよなぁってこと。簡単に言えば信じるか信じないか、なんですけど。
体験したから即・信じるってものでもないじゃないですか。あくまでも錯覚だと自分自身に言い聞かせたりして、こういう体験から意味を汲み取ることを放棄する人間だっているし、かと思うと信じすぎて変な方向に走っちゃう人もいるわけで(汗)
信じる・信じないを越えたところで、ただこういう出来事はあるのだと受け入れるのがいちばんだとは思うんですけど。なかなかそういう境地にはなれないものですね(^^;
茨木市教育研究所サイト内のワンコンテンツでした。
見えない力というとすぐにオカルト系を連想してしまいますが、こういった科学的なアプローチもあるんですよね。「離れて働く力」を、子供たちに分かりやすく体感してもらうための試みが紹介されています。
確かにこれも「見えない力」ですよね。
動画が紹介されていたのでアクセスしてみると。
……こ、これはまた衝撃的な映像の紹介ですね(^^; ナイキは何を思ってこんなCMを…… ι
このエントリのコメント欄を見ると、これ、エイズ撲滅キャンペーンのためのCMらしいんですよ。ますます分からないorz
本当に衝撃的なんで、この動画、一度は見てみてくださいまし。
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