小説を読む楽しみはやはり、想像力を駆使して作家の描く世界を自分の脳内にどれだけ再生できるか、これに尽きるんじゃないかと思ってます。だから、同じように活字を読んでいても、実用書などの書籍と小説とでは、使っている脳の回路が違うんじゃないかと感じたりもします。
面白い小説に出会ってそんなことを考えたので、本日は「想像力を駆使して」をキーワードに検索してみることにしました。どんな場面で想像力を駆使することが求められているのかを探っていくことにします。
関連エントリはこちら。
ダイスケのマイペースお遊びサイト【ダイブレイク!】
うはははは!!!
アクセスした瞬間、一番目を惹く左上に表示される文字に笑わされてしまった!!!こういうセンス、大好きですよー♥
で、ざっとトップページを見ると、確かにやりたい放題・閲覧者置き去りモード突入中!みたいな(笑) いや、でもそれがいやな感じじゃないんですよ。こーゆーサイトはテンション高くて思わずニヤニヤしちゃいますね。
ダイブレイク!的 ひとりウィキペディアというコーナーが目に付いたんでアクセス。なんと、サーバートラブルの被害に遭い、すべてのデータが一度失われてしまったそうな!Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン そ、そ、それは……orz 自分もレンタルサーバーのお世話になっているので、とてもヒトゴトとは思えません。明日はわが身、やはりバックアップは頻繁にとっておかなければ……!(握拳)
おっと、話が逸れましたね。「ひとりウィキペディア」ですよ。そんな状態なのでデータは少ないですが、今あるデータだけでもコネタがきいてて十分に面白いです。さ行のスマイルとかね、思わずほのぼのした気分になっちゃいましたよ(^^)
個人サイトでできることに最大限にチャレンジしている、とても元気なサイトだと思います。こういうサイトに出会うと、やっぱりネット徘徊は楽しいなぁと改めて感じますね☆
奥天の!セキュリティ川柳道場 -- ホーム
うほ、マイクロソフトのサイト内にこんなコンテンツがあったなんて、今の今まで知りませんでしたよ!Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン
で、喜び勇んで最新のお題と目される「ファイアウォール」をクリックしてみたら。……なんだ、2006年末にこのコンテンツそのものが終了を余儀なくされていた(まさしく余儀なくされていた)んですね……( = =) トオイメ
まぁ大人の事情がいろいろあるんでしょう。過去ログを残してるだけでもめっけもんですね。
すべてのお題を辿ってみるとなかなか面白い川柳に出会えますので、興味ある方はぜひ、自分好みの川柳を探してみてください(^^)
茅須は「パスワード」と「スパム」の回がお気に入りですね☆
禅寺のトイレ:なぜ東司、西浄か古墳のある街並みからー森本行洋のホームページというサイト内の、排泄にまつわるお話というコンテンツ内にあるページでした。コンテンツタイトルだけ見ると「ええ?」ってなりそうですが、これがけっこう真面目な考察ばかりなんですよ。コンテンツトップに
「排泄の話し」というと何かと際物的に見られがちである。しかし、排泄というものをもっと真面目に捉えてみたいのである。
と書かれているとおり、真面目に真剣に考察されてます。
その中の一ページである禅寺のトイレの話なわけですが、そういえば茅須、禅寺のトイレのことを「東司」というのは知ってましたが、なぜ「東司」というのかまでは知らなかったなぁ。ちなみに「西浄」パターンなんて存在すら知りませんでしたよ。この文字を見て「あれ、トレイのことを「雪隠」って言うのって、もしかしてこれに関係ある?」とかいまさら思っちゃった(^^; そんなことを考えたら、ちゃんとこのコンテンツ内にも「せっちん」の由来について考えるなるページがあって、いくつかある由来説の中に、「西浄」からなまったという説もあるそうな。
トイレに関係する雑学なんて目にする機会が少ないから、ピックアップしたコラム以外のすべてのコラムが、どれもこれもすごく新鮮でした。
日常から切り離すことのできない領分ですし、どの項目も読み応えありますので、雑学好きな人には激しくオススメしておきます。
My Best English: アメリカ子育て連々記これはまた面白い視点からの考え方だなぁ。こういう考え方もあるのかー、と。……とか書きつつ、自分じゃあまりピンとこない説なんですけどね、これ(^^;
多分、最近じゃド田舎にでも行かない限り24時間365日どこもかしこも煌々と明るい日本という国に住んでいるから、あまり真に迫ってこないというか、実感を持ちにくいからじゃないかと、これを読んだ時の自分の気持ちについて推察してみたり。
反面、アメリカでは仄暗い間接照明のおかげでファンタジーが育まれたといいますが、いまのように24時間365日煌々と明るい国になる前の日本という国は、極端な話、明かりといえば灯篭に蝋燭に提灯で、そういう時代には八百万の神様が妖怪変化の姿を借りて神話として民間に定着していたわけですよね? だから方向が違うだけで別の意味での「日本的ファンタジー」はちゃんと育まれてきていたんじゃないかと思うんですが。それが陽の下に晒されたというか廃れちゃったのは、ここに書かれている西洋文化を中途半端に取り入れたからじゃないんでしょうかねぇ。
暗い場所のほうが想像力が刺激される、というのは確かにあるかもしれませんが、日本にもちゃんとそういう文化はありますよ、とだけは言っておきたいですねー。
左利きの万華鏡: ランチメイト症候群ランチメイト症候群に陥って、お昼休みに一緒にすごす人がいないからと会社を辞めてしまうような人たちって、学生時代に弁卓囲んだりトイレに行くにも集団でないと行けないような、一人で行動することのできなかった人たちなんでしょうね。
でもって茅須にはこの気持ちだけは分からないなあ。正直、分からないままでいいと思ってますけど。だってトイレにも誰かと一緒じゃないといけないって、キモチワルイじゃないですか。新しい学校で、新しいクラスで、何とかできた友達にトイレに誘われる、それがもうイヤでイヤで、キモチワルくて。その考え方がキモチワルイと言われてしまえばそれまでなんですが。てか、そう思う人たちのほうが圧倒的に多かったからせっかくできた友人にも見捨てられ、最終的に嫌われて苛められていたわけですが(苦笑)
まぁ集団の中で一人別行動とってる人間というのはそれだけで鬱陶しいものですしね。鬱陶しがられていたんでしょう。そしてそんな茅須を鬱陶しがっていた人たちは、結局、社会に出て躓いたわけですね。因果は巡るとはよく言ったものです。そんな茅須も別の意味で躓きましたよ、もちろん。集団生活下手が祟って。これもまた因果は巡るのでした(無限ループ ι )
何の話かってーと、ランチメイト症候群に陥るほどの依存症にも問題はありますが、それを頭から拒否するほど否定的にとらえることにも問題がある、ということです。「連れ立ってトイレ」に対して「キモチワルイ」というほどの拒否反応を示してしまうのは、やはり問題ありですよねぇ。……といまだから言えるわけですが(^^;
ところでこのエントリ、エントリタイトルは「ランチメイト症候群」ですが、実は孤独であるためのレッスン(諸富祥彦・NHKブックス)の読後感想でした。孤独に耐える能力こそがこれからの時代に求められている、という、要点をまとめるとそういう本のようです。その引き合いのために導入に「ランチメイト症候群」を用いたんですね。書き手に手腕にすっかり嵌ってしまいました(笑)
孤独大好き人間(爆笑)なので、この本はぜひ読んでみようと思います。はい。



