- 2009 年 5 月 27 日 7:52 PM
- [り]
そんなわけで一つ前のエントリ巡り巡ってにて腰痛に苦しんでいる話を書いたわけですが。
うちの職場、腰痛に対してだけは理解があるので、そこら辺はとても助かっています。割とサポートもしてもらえるし、同僚たちの気遣いも半端じゃないです。逆にいたたまれなくなるくらい(^^;
まぁ職種が職種だから、明日は我が身ってやつで、理解せざるを得ない部分もあるんでしょうね。
そんなわけで本日は「理解がある」をキーワードに検索、どんな事柄に理解を示された人たちがいるのかを、探してみようかと思います。
関連エントリはこちら。
正直言いますと、かなりの長文な上に話があちこちに飛んでるんで、すごく取っ付きが悪かったんですよ、このエントリ。
ですが、読み終わった後に不思議な読後感が残りました。というか、この試行錯誤っぷりそのものに、ピカソを含めた芸術的と称される絵画を鑑賞するときに、それを理解不能だと感じながら何かしら惹かれてしまう、そんな要素が含まれているように感じられて、文章を読むことと難解な絵画を理解することとの間に妙なシンクロが生じるたような錯覚に陥りました。
そんなわけでこの文章を読むことそのものが、難解な絵画世界へ難なくすっきりと入り込むための、うまい誘導になっているんですよね。
美術館に足を運んだときに感じる妙な疎外感を払拭したい人は必見ですね。
潔いという過去エントリでも紹介したことのあるばかもの堂書院さんのコラムをまたもやピックアップしてしまいました。そしてまたもやくすくすと笑い続けてしまった茅須(^^;
この人の文章ってホント、情景が目に浮かぶようなんですよ。比喩表現を多用しているとか、言い回しがうまいとか、そういう感じでもなくて、なのにユーモアにあふれてて「あるある」と感じちゃう。そんな感じで引き込まれちゃうんですよね。
今回も思わずくすっと笑ってしまうコラムでした。ロマンというか、単なる拘泥だと茅須も思うんですけどねvv
おっと、上の話と対極に位置する(爆)ような話が。コラムタイトルが全てを語っているとおり、本当にこの奥さん、理解あります。プレゼント攻勢も、痒いところに手が届く感じが嬉しいじゃないですか。
つーか最後ののろけ話はヒトリモノにはかなりキツいですーorz 一冊の、たった一冊の本の表紙に、かつてこれほど敗北感を味わわされたことがあっただろうか? いや、ない!(断言)
一度とことん打ちのめされてみたい人にお勧めしておきます(爆)
おっと、hirax.net::indexさんのブログinside outからのピックアップは久しぶりじゃないでしょうか。
このエントリ、エントリタイトルが全てを言い表してますね。深く理解していることは相手にもきちんと伝わるように説明することができる、という。
これは「自分が世界をどう捉え、どのように世界を理解しているか」という話にも通じていて、人は、自分が理解しているようにしか、相手にも説明することができない、ということがよく分かります。逆に言えば、相手の説明を聞けば、相手が俎上の事柄をどう捉えているのかを把握することができるわけで、説明という行為は、自分の考え方とか捉え方を如実に語ってしまう、ということでもありますね。
人間、どんな局面でも、実は何かを試されているのかもしれません……( = =) トオイメ
このお母様とはぜひお友達になりたいです!(握拳) こういう面白いことを、自分では面白いことだと思わずに、素で口にできる人、大好きなんですよー♥
コメント欄に書かれた「理解と許容は違う」事例も秀逸。これは元エントリで読んでもらったほうがよりインパクトが強いかと思います。
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