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2011年
03月27日
(日曜日)

~にしかできないこと

※この記事の読了時間は:約 6分16秒です。

人にはそれぞれ、役割があります。

その役割は、自分から買って出たものかもしれないし、その人のキャラクター的に周りからあてはめられたものかもしれません。

それでも、社会という枠組みにとらわれている以上、その役割から逃げることは、誰にもできないんだと思います。

役割というのは基本的にしんどいものなんだけど、役割から逃れられないなら、せめて、その役割を自分なりに楽しんでしまえればいいな、と。


おおっと、久しぶりにちょっと真面目モードに入ってるぞvv


そんなわけで本日は「~にしかできないこと」をキーワードに検索、人や物の強みについて書かれたテキストを、ピックアップしてみようかと思います。

漫画にしかできないこと 漫画にしかできないこと

レスの中には小説・アニメ・ドラマや映画にも可能な事柄もいろいろあったけど、コマ割りで画面の大きさを自由自在に操ることは、本当に漫画にしかできないし、それは漫画の一番の魅力だと思います♪

あと、ページをめくったときに衝撃を用意しておくというページ配分。思わず「え、え、」などと焦りつつ前のページに戻って確認しちゃったりね。漫画ならではだよね。

コマ割りというか、枠線そのものを話の中のネタに使うなんてのもありますね。最近衝撃的だと感じたのはスキップ・ビート! 27 巻の99ページ、枠線を取っ払って心の叫びで埋め尽くしてしまうとか、あれはもう漫画にしかできない表現手法だなーと。思わず「この斬新な表現方法、スゲー!!」と声に出して言っちゃったものです。

こうやって改めてみてみると、漫画という表現方法の素晴らしさが分かりますね。茅須、漫画大好きです

自分にしかできないことを探す « マイライフデザインな日々|Web制作 さいたま市 自分にしかできないことを探す « マイライフデザインな日々|Web制作 さいたま市

自分にできないことって、すごく自覚しやすいけど、自分にできることって、なかなか自覚できないものなんですよね。

例として取り上げられていた、何の取り柄もなさそうで実は電話対応がずば抜けているという女性事務員さんは、自分にできることはなんなのかの、自覚をお持ちなのでしょう。その自覚を持つことからしか、物事は何も始まらないんですね。

人より一歩だけ前に出るって事が大切です。

実際、その一歩が、明暗を分けるんだと思います。

icgy.blog: 僕にできること,僕にしかできないこと icgy.blog: 僕にできること,僕にしかできないこと

身近な体験談から、とても重要な示唆を得た話がつづられていました。

「自分にしかできないこと」という風に、大上段に構えてしまうと、何か特別な「自分にしかできないこと」があるんじゃないかと錯覚してしまうんですよね。これ、よくある「自分探し」に通じますね。自分なんて、探すもんじゃなくて、そこにあるものなんだけど、そんな当たり前のことに、なかなか気づけないというか。

すでに、自分が簡単にこなしていることが、誰かの役に立つ場合がある。でもそのことになかなか気づけない。

というか、自分にとってすごく簡単なことが役に立って感謝されると、こんな簡単なことで?!と後ろめたい気持ちになることがあるんですよ。この程度のことでこんなに喜んでもらって、なんだか申し訳ないなーというか。

でも、確実に喜んでくれる人がいるんですよ。自分にとってはとても楽に簡単にこなせる事柄で。

だったら変に照れてないで、自分にとって楽な方法で、誰かを喜ばせることができれば、それっていわゆるWin-Winな関係になれるってことですよね。本来のWin-Winって、こういうことですよね。

最近は自己啓発ブームでWin-Winという言葉が妙に濫用されて、その濫用のされ方に、Win-Winという言葉にいやな空気が付きまとうようになってしまいましたが(汗)こういう形のWin-Winってとってもいいなぁ、と、そんな風に思わず気持ちがあったかくなる、素敵なエントリを読ませていただけました。

ありがとうございますヽ(^o^)丿

批評にしかできないこと (文芸学科 授業レポート) 批評にしかできないこと (文芸学科 授業レポート)

また漫画の話題ですいません……(^^;

が、漫画作品の批評を通して、批評とは何か、どういう姿勢で批評すべきか、という渾身の思いが伝わってくる、素晴らしいレポートでした。

翻って、このように全身全霊をかけて、他者の魂ともいえる作品を批評している人間が、果たしてどれほどいるものか……と思わずにはいられませんでした。

いわゆる批評を生業としている、識者だけの問題ではありません。

最近じゃ誰でもブログを開設できるし、いろいろな作品の感想など、気軽にブログにアップして、やれ面白いだの面白くないだの好き放題に書きまくっているわけですが。それらにどれほどの魂がこもっているものか。どれほど全身全霊をかけているものか。

もちろん、そういったいわゆる大衆の存在が、文化を支えている面も否定できません。

できませんが、それでも他人の魂について語るからには、それ相応の己の魂を、そこに投影してほしいと、浅博な感想を目にするたびに、そう思わずにいられないのでした。

自分の好きな作品が貶される率が高いからってこんなこと書いてるわけじゃありませんよ(苦笑) いや、もちろん、茅須の大好きな踊る大捜査線など、昨年のPart3踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!ではこれはもうあちらこちらでコテンパンに叩かれていたわけですが。

叩いてる文章を見ても、叩いている人が魂込めて叩いている文章に関しては、ああ、そういう見方もあるのかと素直に読めました。逆に片手間で適当な感想をつづっているブログなど目にすると、骨身を削って作り上げてる作品をその程度の姿勢で批判するなと怒りを感じたものですし。

そういう茅須もある作品をコテンパンに叩いたことが過去にあります。その時は、魂かけて、全身全霊でコテンパンに叩きましたよ。逆にそれくらいの覚悟がないなら他人の魂ともいえる創作物をそう簡単に叩くなと、そう言いたいだけです。

茅須が創作物を言うものに対して、過剰な思い入れがあるから、こんな風に感じるだけかもしれません。


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