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2011年
04月20日
(水曜日)

真理かもしれない

※この記事の読了時間は:約 3分36秒です。

自分の学習能力のなさは如何ともしがたく、何度も同じ失敗を繰り返しては、そのたびに情けない思いをしています……( = =) トオイメ

そんなとき、ふと諺などに触れると、自分が今まさに実感していることを、二言三言のシンプルな言葉で言い表していたりして、その深さや先人の知恵に、こうべを垂れるしかありません。

そんなわけで、本日は「真理かもしれない」をキーワードに検索、シンプルな言葉でありながら、深く納得させられてしまう、そんな事柄の表現されているテキストを、探し出してみようかと思います。

ぽわっぽわっ ジ論 ぽわっぽわっ ジ論

なんかすごい独特な語り口のブログだなぁ……こういうの、なんか好きなんですよね。

トップページで最新エントリいくつか眺めてみると、ゲームプレイ記録ブログなんですね。このエントリはちょっと特殊なのかも。

や、でも真理ですよこれ。結局、コミュ力が生きるスキルに直結するんですよね……(゚ー゚)(。_。)ウンウン

ところで最後のアレは親父ギャグとして受け取っていいんでしょうか(^^;

何を言うかより… | 白ふくろう舎special 何を言うかより… | 白ふくろう舎special

本当は、誰が言おうと正しいことは正しいので、ニュートラルな気持ちで誰の言葉にも耳を傾けるべきなんだけど。

同じ言葉でも、それを語る人によって印象が全く変わってしまったり、あるいは聞き手の受け止め方が変わるというのは、紛れもない事実なんですよね。

それって結局、相手の言葉を聞いているのではなく、相手への信頼を言葉という担保で確認しているに過ぎないんだろうな。

またしてもコミュ力が生きるスキルに直結するのだという結論に達しましたよ。

惜しむらくはその結論を頭で理解しつつ、私自身にコミュ力というものが備わっていないという事実ですね!orz

厄年の意味:今日もいい日だなぁ:So-netブログ 厄年の意味:今日もいい日だなぁ:So-netブログ

厄年って、そういう意味だったんだ……(遅!

確かに、厄年にひどい目にあう人と何事もなく終わったという人と、両方いるんですよね、自分の周りにも。

自分の場合は……前者ですorz 結局それだけ人様に迷惑をかけて生きてきたってことなんだろうな……( = =) トオイメ 二度の厄年を、そりゃもうのたうちまわりながらやり過ごしたですよ……そのたびに環境の激変を体験したしな……。

そう考えれば、「いろんなことをきれいに清算して飛躍するための試練が訪れる」のが厄年の役目というこの話に、大きく頷かざるを得ないのでした。

EDU – ブログ::意味の位相がずれる瞬間 EDU - ブログ::意味の位相がずれる瞬間

エントリの途中で

この感じ、誰しも経験したことがあるんじゃないだろうか。

と語りかけられる前から、すでに「あるある!分かる分かる!」と心の中で喝采を上げてしまいました。

こういう感覚に陥った時って、妙に神経だけが研ぎ澄まされるというか、何かがふっと閃いたりするんですが、分かる分かるといいつつ、そんな状態はめったに訪れてくれないし、訪れてくれたとしても一瞬で消え去ってしまうので、なんだかとてももったいないような気持になるんですよねぇ。

とりあえず、エントリ内で触れられている川上未映子さんの対談本というのをとても読んでみたくなったんですが、それは六つの星星という本のことなのでしょうか><

書名が出されておらず、とりあえず検索してみたらこれっぽかったんですが。

こういった話題が出てくるというだけでもとても興味深いので、まずはこれを読んでみることにしましょうか。


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